簡単な話から書こう第二弾です。
「ちょっといい話」は演劇評論家戸板康二の人気シリーズでしたが、
「ああ、人生ってけっこういいものじゃん」と思わせてくれる貴重な
エッセイ集で、大好きでした。
で、この間私に起こった、ほんとうに「ちょっといい話」。
私は人と約束があって、バスに乗ろうとバス停にやってきました。
すでに、50代ぐらいの男性が2人、一人はベンチに、一人は立って
待っています。バス停のお向かいにあるCDレコード屋さんに行った
帰りらしく、その店の包みを持っています。
経験的に、先に待っている人がいるのは、もうすぐバスが来る印。
時刻表からいっても、あと5分以内には来るはずだったのです。
でも、来ない。
5分たっても、10分たっても、15分たっても来ない。
時刻は3時半過ぎ、真っ青に晴れ渡った空からお日様がかんかんに
降り注ぎ、バス停近くに日陰はなし。
風が吹くときだけちょっと涼しいけど、私の黒い頭はじりじりと焼かれ、
約束に遅れること確定で気持も焦る。
(髪の色が薄ければ、少しは熱を吸収しないんじゃないかなあ)
ああでもでも、来ないものはしょうがない。
ハラを括って、本を取り出して読み始めたそのときです。
背後から、笛の音が。
アイリッシュっぽい軽快なリズムのかわいい曲です。
振り返ると、ベンチに座った男性が、バックパックからリコーダーを
取り出して吹いているのです。
それがまたうまいんですね~。
足を組んで宙に浮いたつま先で拍子を取りながら、いろんな小品を
とっかえひっかえ吹いていく。
あまり気負いもなく、ちょっとつっかえてもすぐリズムを取り直して、
飄々と続いていきます。
「主我を愛す」というかわいい子どもの賛美歌が、まずはシンプルに
メロディで、それからどんどん違ったアレンジで吹いていかれたときには、
もう思わずにっこり笑ってしまいました。
ようやくバスが来たのは30分後。
でもおかげで私は、15分間のプライベート・コンサートを満喫して
いました。
さて、戸板康二先生ならすっきりここで終わると思うのですが、
この先は香苗の頭がつける蛇足です。
笛の吹き手にお礼を言って、「バスが遅れたのにも感謝しちゃう」というと、
彼はちらっと私を見て唇の端を上げただけ、何もいわずにバスに乗りこみました。
シャイで、言葉や人付き合いはちょっと苦手?って感じでした。
バスがすぐ来ていたら、お互い目にも入らないような存在同士だったはず。
もし言葉を交わしたとしても、さして深い話もできなかったでしょう。
でも笛の音は、一瞬で、その人の豊かさ広やかさを私に伝え、苛立ちを
喜びに変えてくれました。
音楽って、すごい。
その日の真っ青な空と、すがすがしい風と、笛の音と、その人の人となり。
私はたぶん、この出会いを、何年たっても覚えていると思います。
その人がバスを降りるとき、「ありがとう! あなたに、よいことがいっぱい
ありますように!」と心の中で声をかけました。
その人の笛の音が私を幸せにしてくれたように、私の祈りがその人を
いやなものから守ってくれたら嬉しいなと願っています。
そして、そんな気持で人を送り出せること自体も嬉しいんですね。
そんな気持の循環が、日々の幸せなんだなあとしみじみ思います。
うう~ん、やっぱ後半は蛇足でしたね~。
でもワタシはそうやってこねくって考えるタイプなので、しょうがないです~。